0人が本棚に入れています
本棚に追加
こんばんはあ。
こんばんはあ。
瞼がグラと上がった。
日付は超えただろうか、超えていないだろうか、
部屋に差す灯かりは、窓の擦り硝子に分散された街頭の橙と、テレビの砂嵐。
その砂嵐を僅かに反射する酒瓶。
僕はテーブルに臥せていた顔をぶるぶると細かく震わしながら、
ゆっくり、ゆっくり玄関の方へ回す。
泥酔した体はスムーズに動かない。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
鍵をかけ忘れていたのだろうか、ノブが回り、
戸がキイとこちら側へ開かれる。
暗くて顔はよく見えないが、知らない老夫婦が立っている。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
玄関と居間の間には境がない。
戸を閉め、靴を脱ごうと屈む老婆が見える。
僕の体はピクリとも動かない。
誰だ?誰だよ?
声が出ない。
勝手に入って来るなよ?
手が出ない。
吐き気と眠気で頭が上がらない。
二人は一定の平坦な声を出しながら、
何年も敷きっ放しでぺたんこになった安いラグを踏みしめ、近付いて来る。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
その濁った爪の埋まった、皺くちゃの胡桃のような足を、
僕は、テーブルの上から見下ろすことしか出来なかった。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
こんばんはあ。
……
僕の瞼は抗うように痙攣しながら、
再び、
ゆっくり、ゆっくりと降りていった……。
最初のコメントを投稿しよう!