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ササさんにシロタのことを尋ねてもムダなので、ぼくはグラスの生ビールを一杯だけ飲んで、バーを後にした。
以前に来た時と同じ所に、『ネコが見る夢』は在った。当たり前のことなのに、ぼくはホッとした。
自動ドアの向こうの受付には、やはりあの男が収まっていた。
「いらっしゃいませ。カンノ様。『ネコが見る夢』にようこそ。ご案内致します」
ぼくが前に来てから二か月以上が経っているというのに、男はぼくの名前を呼ぶのに、何のためらいも淀みも見せなかった。
男自身は名乗らなかった。名札のようなものも一切、身に着けていない。
着ている三つ揃いのダークスーツは、ごく普通の会社員のぼくのとは桁が一つ違っていそうだった。しかも、それがしっくりと板に付いていた。
男はエレベーターへと先立ち、またもやオスネコのフロアで降りて、ガラスの前で立ち止まった。
ぼくを顧みて言う。
「どの子にいたしましょうか?」
ぼくはガラスの向こう側を見るだけは、見た。そして、ティルの姿を見つけだすなりに、
「・・・ティルをお願いします」
と男に頼んだ。
「かしこまりました。こちらのお部屋にてお待ちください。連れて参ります」
男が示したガラスの壁の前には、扉が並んでいた。
特に指定されなかったので、ぼくは一番近くのを開けた。
室内は前の時と同じくツインルームくらいの広さで、家具はキングサイズのベッドがただ一つ、置かれているだけだった。
・・・もしかすると、前と同じ部屋なのかも知れなかった。
「お待たせ致しました。さぁ、ティル、お客様にご挨拶をしなさい」
男に連れられてきたティルは、あの大きな、青み掛かった黒い瞳を二、三度瞬かせた後で、ぼくへと駆け寄り、抱き付いてきた!
ぼくの顔へと頬を鼻を擦り付けて、口元を舐めてくる。
「ティル、お客様が驚いている。ほどほどにしなさい」
男は言葉ほどには、ティルを怒ってはいなかった。声には微かだが、笑いめいたものすらにじんでいた。
可愛い子供を仕方がなく、たしなめるといった感じだった。・・・ティルは全く聞いていなかったが。
男がぼくとティルとに歩み寄り、ぼくに紙袋を手渡した。
「おやつです。ティルへとやってください。ヒトも食べられますから、よろしかったらご一緒にどうぞ。なかなか美味しいですよ。ティル、後でお客様に食べさせてもらいなさい」
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