2 クッキー

2/7
98人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
 ササさんにシロタのことを尋ねてもムダなので、ぼくはグラスの生ビールを一杯だけ飲んで、バーを後にした。  以前に来た時と同じ所に、『ネコが見る夢』は在った。当たり前のことなのに、ぼくはホッとした。  自動ドアの向こうの受付には、やはりあの男が収まっていた。 「いらっしゃいませ。カンノ様。『ネコが見る夢』にようこそ。ご案内致します」  ぼくが前に来てから二か月以上が経っているというのに、男はぼくの名前を呼ぶのに、何のためらいも淀みも見せなかった。  男自身は名乗らなかった。名札のようなものも一切、身に着けていない。 着ている三つ揃いのダークスーツは、ごく普通の会社員のぼくのとは桁が一つ違っていそうだった。しかも、それがしっくりと板に付いていた。  男はエレベーターへと先立ち、またもやオスネコのフロアで降りて、ガラスの前で立ち止まった。  ぼくを顧みて言う。 「どの子にいたしましょうか?」 ぼくはガラスの向こう側を見るだけは、見た。そして、ティルの姿を見つけだすなりに、 「・・・ティルをお願いします」 と男に頼んだ。 「かしこまりました。こちらのお部屋にてお待ちください。連れて参ります」  男が示したガラスの壁の前には、扉が並んでいた。 特に指定されなかったので、ぼくは一番近くのを開けた。  室内は前の時と同じくツインルームくらいの広さで、家具はキングサイズのベッドがただ一つ、置かれているだけだった。 ・・・もしかすると、前と同じ部屋なのかも知れなかった。 「お待たせ致しました。さぁ、ティル、お客様にご挨拶をしなさい」  男に連れられてきたティルは、あの大きな、青み掛かった黒い瞳を二、三度瞬かせた後で、ぼくへと駆け寄り、抱き付いてきた!  ぼくの顔へと頬を鼻を擦り付けて、口元を舐めてくる。 「ティル、お客様が驚いている。ほどほどにしなさい」  男は言葉ほどには、ティルを怒ってはいなかった。声には微かだが、笑いめいたものすらにじんでいた。 可愛い子供を仕方がなく、たしなめるといった感じだった。・・・ティルは全く聞いていなかったが。  男がぼくとティルとに歩み寄り、ぼくに紙袋を手渡した。 「おやつです。ティルへとやってください。ヒトも食べられますから、よろしかったらご一緒にどうぞ。なかなか美味しいですよ。ティル、後でお客様に食べさせてもらいなさい」
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!