1 ミルク

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 言葉が出ないぼくの手が握りしめていたメモに、男は目敏く気が付いた。 「失礼致します」 と言うや否や、男が手を伸ばしてきた。 「シロタ様からのご紹介ですね。承りました」 顔や仕種と同じように整えられた、きれいな手だった。その所為か、ひったくられた感は全くなかった。  男はメモを読んで納得がいったようだった。礼を失わない程度に笑い、 「どうぞ、こちらへ」 と受付から出て来て、ぼくをエレベーターへと先立った。自らも乗り込む。  エレベーター内はタダの箱だった。 階数の表示する電光掲示板もなかった。利用階を決定するボタンも、ドアの開閉のさえなかった。  この辺りで、何かがおかしいと思うのが普通だったのだろう。 しかし、そのすぐ後に見た光景と起こったこととに比べれば、それらはほんの小さなことでしかなかった。  「ここは、オスネコのフロアになります」 何階だか分からないままにエレベーターを降り、先に廊下を行く男に顧みられてつい、うなずいてしまったが、ぼくは猫の性別に特にこだわりはない。  恋愛対象だって性的な興味を含め男だったが、別に女性が嫌いだというわけではない。ただ、男の方がより好きだというだけだった。  廊下の突き当りは一面のガラス張りになっていて、左右へと更に廊下が延びている。 「どうぞ、お好きなネコをお選びください。向こう側からこちらは見えませんので、ご安心ください」  男の言葉通りだったら、ガラスの向こう側には猫たちが居るはずだった。しかし・・・ぼくには、ぼくの目にはそれらは猫ではなくて、人の、それも男の姿に見えた。 大柄な大人の男もいれば、きゃしゃな、まだ幼い少年もいた。明らかに外国人もいた。しかし皆一様に首輪をし、それ以外には何も身に着けていなかった。 つまり、全裸だった。  「色いろな種類がいます。年齢もバラバラですし。お好みを言って頂ければ、こちらで見繕いますが?」 男の口調は柔らかいテノールに相応しく、ゆったりとしていて、けしてぼくを急かさなかった。  そのおかげで、ぼくはガラス越しの光景を眺め続けることが出来た。 皆、動きは猫そのものだった。のびをし、あくびをし、水を飲むのも四つん這いだった。丸まって寝ているのや、じゃれ合っているのもいた。 尻尾があるのも、ないのもいた。
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