1 ミルク

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 受付の男がぼくを見下ろしていた。 「お時間になりました。ティル、起きなさい」  見ると、ティルはぼくの左隣で体を丸めるようにして眠っていた。そんなところはやっぱり、猫なんだな。と思う。  ティルは眠りが浅かったのか、それとも元もと目覚めがいいのか、すぐに起きた。 実に猫らしいのびをし、大きなあくびをした後でぼくを見たが、たちまち受付の男を見つけて、ベッドから飛び降りた。  ティルは男に懐いているようだった。時間だから、しかられるからというよりは、子供が迎えに来てくれた親に駆け寄るような、ごくごく自然な態度だった。  男も又、ティルを可愛らしく思っているのだろう。ティルを見下ろす視線は柔らかだった。  男はティルの口の右端を、人差し指で優しく拭う。 「ミルクをご馳走になったようですね。ティル、よかったですね。美味しかったでしょう?それに・・・」  男は視線を、ティルの下半身へと滑らせた。 「可愛がってももらったようですね。今夜はお腹がいっぱいですね」 「・・・・・・」  随分とあからさまな言い方だったが、男が言うと何故だか、いやらしくは聞こえなかった。 ティルは男の言葉が分かっているのかいないのか、大好きな親へとまとわりつく子供のような目で男を見上げている。  男が不意にぼくを見て、言った。 「ティルを満たして頂いてありがとうございます。お客様はご満足頂けましたでしょうか?まだ躾が行き届いていない仔猫でしたが・・・」 「よかったです。・・・すごく、よかった」 「ありがとうございます。お支度はごゆっくりとなさってください。私は受付におりますので」  男はティルを促し、部屋を出て行く。男が手を添えたティルの背中の下の方には、まだ短い、仔猫のような尻尾があった。色は青み掛かった灰色だった。  ティルは一度も、振り返らなかった。  やはり、奥の扉はバスルームへと続いていた。 ぼくはシャワーを浴びて、再び服を着てもまだ、夢を見ているかのようだった。夢の中で、終わらない夢を見ているかのようだった。  部屋を出ると、ガラスの向こう側に変わらず猫たちの姿が見える。エレベーターへと向かいながら横目で、ティルの姿を探してみたがいなかった。
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