『二月十六日』1

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『二月十六日』1

「うん、これこれ。やっぱ美味(びみ)い!チョー美味(おい)しい!」 多良原(たらはら)絢香は違う表現で同じ感想を口にした。 「そんなに?」待ってましたとばかりに川口智也が目を輝かせる。二人分の料理を運んで来たところだった。  絢香はすでに食べ始めているので、自分の分と、今はどこかの取引業者と電話中のシェフの分だ。専用の木製の板には熱々の鉄板が乗っており、ジュージューと音を立てながら(ほの)かにバターの香りを漂わせている。 「しかも今日のはウインナーとベーコン両方入ってんじゃん。最高かよ」  絢香がいつにも増して上機嫌なので、智也は一安心した。 「いやあ、やっぱりアレだね、手作りだね。家で食べるレトルトとは訳が違うね。あ、ブラウンマッシュも美味(びみ)いいっ」 「当たり前っすよ」智也のテンションも上がる。 「馬鹿っ、今時のレトルトも捨てたもんじゃないんだから」絢香は先週友人から貰って食べた、仙台土産の牛タンカレーを思い出していた。 「いや、そうかもしんないけど、なんてったってこっちには…」 「で?シェフは?」 「あ、先に食べててエエよ、って」 「何そのエセ関西弁。モノマネのつもり?全然似てないから」 「ふんっ…」 「まあ、言われなくても食べちゃってるけどね。えへ。それにしても相変わらず(まかな)いにも手を抜かないシェフのスタイル?うん、嫌いじゃないわ」 「あっ、あのう。じつはこれ、僕が作ったんですけど?」 「バレバレの嘘つくなっての」絢香が冷めた視線を向ける。 「あー、あ、あー」智也は心外だ、とばかりに思わず声を上げる。 「ターザンかっ、ての」 「いやいや、ターザンはアーアアーだし」  どっちも一緒でしょ。と言うのと同時に、絢香は楽しみにしていた半熟の目玉焼きにフォークを入れ、溢れ出る黄身のオレンジ色に心を躍らせた。恐らく顔もにやけているだろうが、そんな自分も嫌いではなかった。「ねえねえ、目玉焼きの黄身ってさ、なんでこんなオレンジ色なのに黄身って言うんだろうね?」 「え?絢香さんそんなことも知らないの?」 「何?その言い方。智也のくせに偉そうじゃん」  女版ジャイアンかよ。いや、それってもはやジャイ子か。あれ?ジャイ子ってどんな喋り方だったっけ?智也がそんなことを考えてるうちに、絢香は目玉焼きを平らげた。  
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