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シャカ、シャカ、シャカと、一体又一体、ちっちゃくて青い目をしたフランス人形がダンボール箱に落ちていきます。
そう、シャカ、シャカ、と、両手を挙げて段ボール箱の底に飛び降りるように。
「徳さん、ほら見逃し、その人形首が折れていますよ」
私の隣で人形を見つめている佐々木二等兵が言いました。
「あっすいません」
「疲れているんじゃないですか?無理しない方がいいですよ」
「すいません、少し考え事をしていたもので」
「そうですかあ、ならいいですけどね」
午後八時から翌朝五時までの八時間労働で一万円になるこのアルバイトは、リストラされてから一度も職に就かず、浮浪者にまで成り下がった私にとって救いの場でした。夜間アルバイトの総勢は十人と制限されていました。仕事と呼ぶには照れくさい、ただ座って見ているだけの軽作業ですから、よほど体調を崩さない限り、アルバイトを辞める人もおらず、毎日同じメンバーが、同じ席についてラインを流れる人形を見つめるのでした。
私がこのラインに着くようになったのは、この工場で小隊長と呼ばれている金城という老人に、ひょんなことから公園で声を掛けられたからです。
私は大手広告会社をリストラされてから、ろくに就職活動もせずに、退職金で家計を賄っていましたが、それもすぐに底をつき、借金生活を余儀なくされました。そして最悪の自己破産という形でピリョウドを打ちました。破算申請をする前に、マンション他家財すべてを家内名義にし、離婚に踏み切りました。
「半年もすればみんな忘れてしまうわよ、そしたら今まで通りに暮らせるじゃない。こんなものただの紙切れ、心が通じていればいいのよ」
家内の励ましもあり一年間の別居生活を覚悟致しましたが、目論見通りにはいかないようです。落ちぶれてからの人生は落下速度を増し、ぬかるんだ底辺に掌から落ちたのです。家内には男ができ、娘は黒い男に嫁いでしまいました。家内の男は彼女よりずっと若く、たぶん三十代前半で、二十歳以上は離れていています。誰が見ても異様なカップルに見えるのではないでしょうか。いや、そう見えるのは、落ちるとこまで落ちた私のねたみかもしれません。
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