ロックンロール

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「今日も最高だったねー。」 隣の典子がほこほこと言う。うん、たしかに最高ではあった。 「うん。」 右肩のボディバッグを外して頷く。彼のコンサートは身軽だ。ペンライトはいらない。タオルもいらない(汗を掻くので、実際必要ではある)。大したグッズもでないし、缶バッヂや限定品でマウントを取り合うこともない。ロッカーからリュックサックを取り出して、わたしたちは駅へ向かう。 素っ気なくて、跡形もない、彼のコンサートは、正直オタクに配慮していない。けど、そこがまたいいのだ。かく言うわたしもオタクであり、彼のことを推しと呼ぶし、推し変をする前は、2.5次元ユニットに熱を注いでいた身であるが。 身の乗り出し合いも、ファンサの奪い合いも、マウントの取り合いも、ない。ただ音楽に身体を揺らし、時に叫び、共に歌うだけのコンサート。シンプルで、上質な時間だと思う。そこに惹かれたと言っても過言ではない。醜いオタクの戦いに傷つき疲れていたわたしに、簡素で優しい音楽の「本質」を教えてくれたのは、まぎれもない現在の推しであるあの男だ。感謝感謝。 「ユリちゃんはさー。」 「ん?」 すっかり手元を整えた典子が、目を輝かせながら言う。歩くたびにアスファルトが足を刺激してくる。 「今日、どこで一番泣いた?」 「ずっと泣いてたよ。」 「だよなあ。」 一見すれば「?」と言う質問だろうが無問題だ、なぜなら今日は彼の記念公演だったから。活動開始から、ちょうど十年なのだと言う。しかしメジャーデビューからはそれほど日の立たない彼は、異常なほど苦しい下積み時代を積みに積み重ねている。あまりに長いインディー活動期、その全貌を知る者はもうほとんどいないらしい。 彼は今日「この十年を弔うつもりでいます。」と言っていた。真意は不明だが、その笑みが少し寂しげだったことだけは印象に残っているのだ。
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