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「俺の歌が!」
ビリビリと音圧が耳を貫く。薄暗い客席から見上げた、真っ白に照らされたステージは、狂おしいほど神聖に見えた。
「魔法になれば……。」
スタンドマイクを千切るように外し、俯いた彼が雄叫びをあげる。
「俺の歌が、魔法になればいい! 俺の歌で、たくさんの人が救われるんならそれでいい! きっとそれで救われるんだ、俺も、今までの俺も! この十年で学んだことなんてないよ、沢山あったっちゃそうかもしんない、でもなにも変わってないじゃないか! なにも! 俺はずっと、死ぬまでこのままなんだよ!」
風も吹かないアリーナ、息を飲む音だけが、吐く音だけが、聞こえている。彼の鼓動すら足元を揺らしそうな、閑静で、高く大きく、飲み込まれそうな闇の中だ。
「俺は音楽が好きだ。そのためだけに生きてる。後悔なんてなにもないよ!」
そう言って跪き、天を仰いだ彼には、何が見えているのだろう。くらくらするほどの白熱電球か、失明しそうなほどの過去か、わからない。そう思っていた矢先、その茶色い髪が、瞳が、真っ直ぐ前を向いた。目があった。気がした。
「音楽は音楽だ。魔法なんかじゃないし、本当は力なんかじゃない。「ああ、力になる」って思えるから、力になるだけなんだ。そう思わせるのが俺たちの仕事だし、生き甲斐なんだよ。そう思える音楽を届けたい。そして、届いた音楽を聞いて、力に変えてくれるのがあなたたちだ。それだけなんだよ……でも、だったら簡単だろ? 魔法だってさ……。」
弾けない汗がその首を伝っている、ありありと見せつけられた、音楽に取り憑かれた男の目を。異質だった。正気じゃない。狂っている。でも、その刺激が、異常分子が、胸を打つ。熱い涙が頬を塩辛く染めた。
「あと一歩なんだ。どうか、あなたの耳と、心で……。俺の音楽を、魔法に変えてくれないか!」
響き渡ったイエスの言葉と叫びが、彼の十年を酬う魔法になればいい。その思いを脳天から放つように、わたしは声をあげた。
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