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「アタシね、いっつもカウンターの端っこに座って、一杯だけ飲んですぐに帰っちゃうリーマンくんが好きなのよね~」
と、〈レベッカ〉のマスターは呟いた。
それを右から左に聞き流し、佐々木亜夢は「はいはい」と適当に相槌を打つ。
すると、マスターはむ~っと頬を膨らまし、逞しい上腕をブンっと振って佐々木にネックハンギングを仕掛けた。
「ちょっと、佐々木ちゃん! アタシが恥じらいながら恋を呟いているのに、それって冷たいんじゃないの!? 」
「く、苦し……ギブ、ギブ!! 」
ジタバタともがくと、マスターはパッと腕を放した。
「だからね、お願い! ここのツケはチャラにしてあげるからさ、リーマンくんの連絡先を調べて頂戴」
「って、それこそマスターの得意分野じゃん! あんたはここの店長なんだし、酒でも作ってやりながら、それとなく会話して訊き出せばいいじゃん! 」
すると、マスターは男らしく精悍な顔を桃色に染めながら『それが出来りゃあ、苦労しないわよ』と言い出した。
「アタシね、本気になると、好きな人の前では貝になっちゃうのよ。きっとリーマンくん、アタシの事は、寡黙でダンディーで素敵なオジサマのマスターだと思ってるわ」
まんざら自画自賛でもない。確かに〈レベッカ〉のマスターは、黙っていれば渋くダンディズム溢れる中々の男前である。
――――しかし……。
「やっぱりパス! 第一、オレここにツケなんてないし」
そう素気無く断り、残っていたジンフィズを飲み干して、佐々木は『じゃあ……』と立ち去ろうとしたが、
「――まぁ、他ならぬマスターの頼みだ。調べてやろうじゃないか」
と、背後から声が投げ掛けられた。
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