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あなたに首ったけ
――――カラララン♪
「すみませんね、まだ準備中……」
と、言い掛けた視線の先に、意中の相手を見つけてマスターの舌は止まった。
綾瀬と佐々木が平々凡々と評価した、あの三河である。
「あ、やっぱり――早かったですか……」
引き返そうとしたその背中に、マスターは声を掛ける。
「ちょっと早いけど、もう開ける所でしたから――どうぞ、こちらへ」
そう言い、いつものカウンター席へとスッと手を差し伸べる。
すると、三河は足を止めて促されるままに腰を下ろした。
(ちょっと、ちょっと! まだ綾瀬ちゃんから報告書もらってないんだけど!? ああん、どうしようかしらっ)
そんなドキドキの内心を押し隠して、マスターは『いつもので宜しいですか』と、低く渋い声で訊ねる。
すると、どこかソワソワとした様子で、三河は口を開いた。
「あの、マスター…………ちょっと、相談していいですか? 」
「? はい、どうぞ」
「じつは今、悩んでいるんですよ。どう考えても、他に相談する相手もいないし――」
「ここは酒場です。そして、私はここのマスター。私はお客様のお話は、何を聞いてもすぐに忘れるのがルールですから」
どうぞ、とウィンクをすると、三河は安心したように微笑した。
「僕、好きなヤツがいるんです」
「……」
「告白するチャンスをずっと探していたんですが、やっぱり勇気がなくて。それでいつも見ている事しか出来なくって。そいつ、同性の恋人を探してレベッカに出入りしていたから、僕も後をついて来たものの――でもやっぱりここからずっと見ている事しか出来なくて。こんな所まで来ているっていうのに、我ながら情けないと思いますが」
ハハっと力なく言うと、三河は深い溜め息をついた。
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