あなたに首ったけ

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「――――そんな事をしていたら、そいつ、会社の違う部署のヤツと付き合い始めちゃったんです。でも僕は……諦めきれずに、まだこうやってレベッカに来ている」 「その方たちは――」 「え? 」 「その方たちは、ここの常連さんですか」 「そうです。電話でレベッカで待ち合わせをしていた所を、たまたま小耳に挟んで――今日は、先回りをしました。先に来る方が、僕の好きな人です……彼とは、部署が同じなんですよ……」  マスターはそこまで聞くと、この青年の思い人であろう相手と、その新しい恋人の事を思い出した。  これでも、この繁盛店を切り盛りしている店長だ。  常連ならば、ある程度は分かっている。 (会社帰りで立ち寄るとすると――アソコか、アソコら辺ね) 「マスター……僕、もう諦めようかと思うんです。本当は、それとなくマスターに取り持って貰おうかな、なんて――さっきまで考えてたんですが」  三河は俯きながら、マスターの方を見ずに呟いた。 「このままだと、辛いんです。本当は今日……せめて告白してから玉砕しようかと思っていましたが――ハハハ、そんなのは、やっぱり向こうも迷惑ですよね。もう諦めます。だから、一杯だけ飲んだら今日はこのまま帰ります……」  そんな三河に、マスターはスッとラッピングされた箱を差し出した。  三河は戸惑い、マスターを見遣る。 「え? これは……」 「諦めるのは、早いですよ。お相手にこれを渡してみてください。もしかしたら、別れ話をしようと、この場所で待ち合わせをしたのかもしれないし」  マスターは渋い声で囁きながら、次にシェーカーを振り、カクテルを注いだ。 「どうぞ、ビジューです。これは、私の奢りです」  優しく目を細めて、マスターは口を開く。 「ビジューの意味は『視線を感じて』ですよ。あなたの想いは、きっと伝わっているでしょう」 「マスター…」 「そしてネクタイの意味は『あなたに首ったけ』です」  そう言い、マスターは笑った。
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