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「良いわけなだろ。こんなの最賃労働だ」
「最賃労働?」
「最低賃金のことだ」
「最低賃金?」
「これ以上、下の給料で雇ってはいけませんよっていう、決まりさ」
「いくらなの」
「この地域は時給871円」
「私のコンビニバイトは時給880円だわ」
「はははっ、俺の仕事はコンビニ以下か」
高田さんは笑った。
「ほんと最低だな。はははっ」
高田さんは、杏奈と話をしながらでも窓を拭き続ける。右手に乾いたタオル。左手に濡れたタオル。汚れがあると、濡れたタオルで拭いて、乾いたタオルで拭き取る。これを繰り返し、大きなエントランスのガラス窓を拭きあげていく。
「こんなに大変な仕事なのに」
杏奈は高田さんの窓拭きしている姿を見ながら言った。
「はははっ、その言葉、ここの管理会社の上の方の人に言って欲しいね」
高田さんは笑顔のまま横目で杏奈を見た。
「週に3日、朝8時から、4時まで働いて、交通費込み、月8万5千円」
高田さんはすぐにガラスに視線を戻した。
「生活できるの?」
「できるさ。実際してる。貯金は無いけどな。はははっ」
「まあ、世間一般では生活困窮者だな」
「困窮してるの?」
「うん、困窮している。はははっ、でも、不幸じゃない」
高田さんは、そこで杏奈を見た。
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