前編・清掃員高田さん

3/10
前へ
/24ページ
次へ
「良いわけなだろ。こんなの最賃労働だ」 「最賃労働?」 「最低賃金のことだ」 「最低賃金?」 「これ以上、下の給料で雇ってはいけませんよっていう、決まりさ」 「いくらなの」 「この地域は時給871円」 「私のコンビニバイトは時給880円だわ」 「はははっ、俺の仕事はコンビニ以下か」  高田さんは笑った。 「ほんと最低だな。はははっ」  高田さんは、杏奈と話をしながらでも窓を拭き続ける。右手に乾いたタオル。左手に濡れたタオル。汚れがあると、濡れたタオルで拭いて、乾いたタオルで拭き取る。これを繰り返し、大きなエントランスのガラス窓を拭きあげていく。 「こんなに大変な仕事なのに」  杏奈は高田さんの窓拭きしている姿を見ながら言った。 「はははっ、その言葉、ここの管理会社の上の方の人に言って欲しいね」  高田さんは笑顔のまま横目で杏奈を見た。 「週に3日、朝8時から、4時まで働いて、交通費込み、月8万5千円」  高田さんはすぐにガラスに視線を戻した。 「生活できるの?」 「できるさ。実際してる。貯金は無いけどな。はははっ」 「まあ、世間一般では生活困窮者だな」 「困窮してるの?」 「うん、困窮している。はははっ、でも、不幸じゃない」  高田さんは、そこで杏奈を見た。     
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加