前編・清掃員高田さん

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「ところで、君は何かやりたいことはないのかい。例えば、スポーツとか芸術とか」  高田さんはタオルをゆすぎながら杏奈を見た。 「何か強烈にうちこむこととか、のめりこむこととか」 「私は何もない」 「う~ん、そうか、ま、それも、人生さ。それはそれでいいんじゃないか」 「う~ん」 「何もせず、のんびり生きる。それも人生さ」 「う~ん、でもそれは何だかつまらない気がするわ」 「そうか。はははっ」 「私はどうしていいか分からないの」 「難しく考え過ぎなんじゃないか」 「そうかもしれない・・、でも・・」 「でも、か。はははっ、まあ、いろいろ悩む年頃さ。はははっ」 「高田さんも悩んだ?若い時」 「もちろん」 「どんな」 「君と同じようなことさ」 「ほんと?」 「ほんとさ」 「そして、どうしたの?」 「俺は好きなことをして生きるんだ。そう決めた」 「好きなことって?」 「演劇さ」  高田さんは立ち上がり、両手を広げた。 「演劇?」 「そう、演劇。人前で劇をやるんだ」 「それくらい知ってるわ」  杏奈は少し不貞腐れたような表情をした。 「はははっ、そうか」  高田さんは笑った。 「どんなのやるの」 「いろいろさ」 「高田さんが考えるの?」 「ああ、それもあるし、それ以外のもある」  高田さんは、タオルを絞ると、再び窓を拭き始めた。     
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