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高田さんは、窓を拭く手を止め、片膝を付き、情感たっぷりに雑巾を持った両手を広げ、何かを演じるみたいに感情を込めて言った。それを見て、杏奈は笑った。
「本当に大切な、大切だと思える自分以外の人を、自分の命より大事だと思える想いを持てたんだ」
高田さんは嬉しそうに言った。
「それは高田さんが愛した愛なの?それとも高田さんが愛された愛の話?」
「両方さ。お嬢さん」
高田さんはまた演技っぽく言った。
「それを経験できただけでも満足さ。そんな愛の無い人生だってあっただろうし」
「どんな人だったの」
「とても、お金持ちの女性だった。いつもベンツとか、BMWとかに乗ってうちまで来るんだ。とてもきれいな人だったよ。こう、気品のある美しさっていうのかな。その辺の顔がいいだけの女性とは違う美しさだった」
「ふ~ん」
「そして、とてもやさしかった。俺みたいな貧乏な若造を対等に見てくれた」
「どうして別れちゃったの」
「彼女には旦那さんがいた」
「・・・」
「ある日彼女からそれを聞かされた」
「・・・」
「中国に半年間、長期の海外出張をしていたんだ」
「それで・・」
「そう、それで僕たちは別れた」
「続けられなかったの。旦那さんに内緒で」
「それは、愛に対して失礼だ。真剣な愛への冒涜だよ」
高田さんは真剣な表情で杏奈を見た。
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