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「とても短い間だったけど、僕たちは真剣だった。本当に愛しあっていたんだ。それはとっても幸せだった」
「うん」
杏奈にはその時の高田さんの幸せな感じが自分が経験したみたいに分かったような気がした。
「それからはもう会ってないの」
「ああ、二度と会っていない」
「辛くなかった?」
「何度も、何度も、彼女に会いに行こうと思った。彼女と二人でどこかへ逃げようって。でも、思いとどまった」
高田さんの表情から、いつもの笑顔が消えた。
「・・・」
「身が引き裂かれそうだったよ。どれだけ、どれだけ会いたかったか」
「でも・・」
「そう、でも、行かなかった」
「それっきり・・」
「そう、それっきりだ」
「・・・」
高田さんは黙って、再び窓ガラスを拭き始めた。そんな高田さんを杏奈は見つめた。
誰も通らないエントランスに静かな時間が流れる。暖かくなってきているとはいえ、まだまだ肌寒かった。通勤時間を過ぎたエントランスは、高田さんと安奈以外、人の気配は全くなかった。
「私、学校行ってないんだ」
杏奈が、高田さんの隣りで突然呟くように言った。
「分かるよ。いつもこの時間に、ここで俺と話してんだから」
高田さんはやさしく言った。
「うん・・」
杏奈は、視線を落とし、しばらく黙った。
「お父さんもお母さんも知らないんだ」
「そうか」
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