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1.奇妙な匂い
1.
──また、この匂いだ。
淡海県警察暮田南警察署に所属する犬狼族の刑事、久我山諒は、事件現場となった暮田駅に着いたとき、腐る寸前の果物に似た甘ったるい匂いを鼻に感じたような気がした。
鉄道駅の前は、負傷したとおぼしき人々と彼らの手当にあたる救急隊、何が起きたのかと見物する野次馬でごった返している。
「何してるんだ? 早く行くぞ」
「あ、はい」
刑事課の先輩であり猪族の井苅順平が、周囲の匂いを嗅ぐようにひくひくと鼻を動かす久我山の肩を、ポンと叩きながら大股に歩く。後ろから来た井苅に追い越され、久我山は慌てて追従する。身長176センチの久我山と、身長162センチと短躯だが恰幅のよい井苅が並んで歩くところは、遠目から見れば漫才コンビのようなユーモラスさがあった。
一昨年までは本庁勤務のエリートだった久我山と、現場叩き上げの井苅は、現在どちらも巡査部長の階級にある。年齢は15歳ほど離れていたけれども、息はぴったりと合った。
「ご苦労様です」
「ご苦労さん。朝から大変です」
封鎖された駅のホームを警備する制服警察官に声を掛けてから事件現場に入る。
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