第1章 夢

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 どうして呼びかけてくれた母について行かず自分だけ生き残ってしまったのだろう。一人ぼっちでは生きて行けない、と絵理子が弱音を吐くであろうことを誰よりも良く理解していた母は、あの時きっと心配して手を差し伸べてくれたに違いない。  それとも母は、絵理子が奇跡的に死なずにすんだことを、あの世で喜んでくれているだろうか。  大人達の話によると、突然対抗車線から飛び込んで来た暴走車を避けるため、母は急ハンドルを切り、相手の車に斜め前から押し潰されたそうだ。運転席に座っていた母が助手席に座っていた絵理子を守るためにそうした、と。  大伯母には見ない方がよいと母の死に顔に逢わせてもらえなかった。記憶に残っているのはすでに蓋が閉められていた白木の棺だ。  絵理子は脚にギブスをはめた不自由な姿で車椅子に乗せられ、必死で身を乗り出して手を伸ばし、白い百合を一輪、母の棺に供えた。母の葬式の間中、白いギブスで固定された動かない自分の脚ばかりを見つめていたものだ。  お母さん、どうして一緒に連れて行ってくれなかったの?  泣かないで偉い子だ、と大人は同情をこめて褒めてくれたけれど、胸の中では亡くなった母に問い続けていたのだった。唯一の家族だった母を失い、いったいこれからどうやって生きて行けばよいのかわからず、泣く力も出ないほど茫然としていた。
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