『津島伸彦』1

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 ようやく昼間の暑さもひと段落したある日の放課後。教室でホームルームを終えた時だった。 「あ、津島君、ちょっと」 「ええ?何、先生、早く帰りたいんやけど」 「もう、大事な話なんだからちょっと待って」新垣美優は伸彦のカッターシャツの袖を掴んだ。「津島君が希望してたとこ、何とかなりそうなんだよ?」 「うそ??ほんまに??」 「うん、ホンマニ。とりあえずおめでとうだね!」 「いや先生、相変わらず変やから、ホンマニって」 「え?ホンマニ、ホンマニ?あれ?」何かのロールプレイングゲームの呪文のようでもあった。  新垣美優は伸彦のクラスの担任だ。沖縄で生まれ育った彼女はどうも関西弁を上手く話せない。そもそもイントネーションが独特なので生徒からはよく、「面白い」と言われるが本人は何が面白いのか、いまいちよく分かっていない。中途半端な関西弁よりは、まだ彼女なりの標準語の方が生徒や同僚からの受けも良かった。年齢は不明だが見た目は若い。決して若作りしている訳ではなく自然な若さだ。「三十手前」「二十五」クラスメイトによって見解はそれぞれだった。スタイルも悪くはなく、顔も美人の部類に入ると伸彦は思っている。伸彦は密かに憧れていた。当然思春期の男子生徒からも人気があった。そのことを妬む女子生徒も中には少し居るようだが、何より特徴的なのはその声だ。現文の教師とあって、朗読する際のそれは男女問わず惚れ惚れするものだった。また、一部の生徒からは「みゅうちゃん」と呼ばれ慕われていた。
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