麦の人

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私が幼い頃に住んでいた地域には、こんな言葉があった。 命を救うのは、ドクター。 命を刈り取るのは、麦の人。 麦の人である彼女を意識したのは、隣の家のお兄さん──血の繋がりはない──ヨハンが屋根から落ちて重傷を負った時だった。 それまでも彼女の存在は知っていたが、強く興味を持ったのは其の日が初めてだった。 打ち所が悪かったのか、ヨハンは動かない。 石畳に血が染み渡っていく。 ドクターは、まだなのだろうか。 医学の知識のない私たちがヨハンを動かす訳にはいかず、もどかしい思いをしていた。 その時、人だかりが急に割れた。 「──猫?」 黒猫がトコトコと音もなくヨハンに近付く。 そして、猫に案内されるように麦の人は現れた。 黒い髪に、黒い瞳。 黒いワンピースに、黒い靴。 全身真っ黒の少女が、麦の人と呼ばれる者だ。 急ぐでもなく、麦の人はヨハンに近寄りしゃがんだ。
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