恋がしたいのではなくて。

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恋がしたいのではなくて。

 どうして、こんなに胸が苦しいのだろう?  まるで誰かに恋焦がれているかの様に、時折胸がきゅうっと締め付けられる様に苦しくなる。  きっと、私は恋がしたいのだ。  朝も晩も貴方を思うだろう。眠れない夜を過ごし、僅かな眠りの間ですら夢で焦がれるだろう。  そんな、狂おしい程の恋がしたいのだ。  そう結論付けた私は顔を上げる。  ああ、良い天気だ。五月晴れとはよく言ったものだ。心地良い五月の風と眩しい陽光に目を細めながら空を仰ぐと、五色の鯉と大旗が力強く青空にはためいている。 「……あ」  翻るその布地は脳裏に軌跡を描く。  私は目を見開いた。  馬上から降りる誰か。翻る長衣。差し出される大きな手。眩しくて顔は見えない。  笑みを刻む誰かの唇がゆっくりと動いて私の名を呼んだ。 「……ああ……っ」  温かいものが頬を伝う。  私は、恋がしたいのではなかった。  恋をしたのだ。そう、遠い昔に狂おしい程の恋を。ただ一度の恋を。  そして、待っている。もう一度貴方と出逢うその時を、ここで待っているのだ。  胸が痛い。きゅううっと締め付けるように痛い。  この胸の軋みは貴方を想ってのことだった。  神様、どうかお願い。あの人に逢わせて。  そしたら、今度こそ、ちゃんと伝えるから。  『貴方を愛している』と……。
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