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今年の四月。中学生になったばかりの時、俺の隣の席に座っていたのが嵯峨野さんだった。口数は少なく、俯きがちな彼女とは眼鏡越しですら目を合わせることがなく、正直、名前ぐらいしか知らなかった。
だがある日、珍しく嵯峨野さんが遅刻してきた日があった。
「ご、ごめんなさい!」
そう言いながら教室に駆け込んできた彼女の姿を見て、一瞬教室が——まるで今の俺みたいに——固まった。
眼鏡をかけ忘れてたのか、裸眼をさらした顔。普段きつく結ばれているおさげは解かれ、長く美しい髪が緩やかなウェーブを描く。眼鏡と髪型が野暮ったい印象を持たせていたが、それらをなくした彼女は、まさに美少女と形容するにふさわしい見た目をしていた。
それからというもの、クラスメートたち——主に男子たち——の、彼女を見る目が変わった。もちろん俺も含まれている。何かにつけて彼女に話しかけようとする者、無駄に視界に入ろうとする者、ただ見ているだけの者——。
「あんたを見てればなんとなくわかるんだけどさ」
帰り道、三塚楓が切り出した。
「男子ってほんと単純だよね」
呆れているとも無関心とも取れる表情で楓が言った。
「ちょっと待て! 俺を見てればわかるってなんだよ! 俺はそんなに単純じゃない!」
「……ワックスつけてきたくせに」
「っ!? なんでそれを……っ!?」
「匂い。ワックス臭いから」
「……マジで?」
「マジで」
「マジかー……」
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