10人が本棚に入れています
本棚に追加
ある金曜日の夕暮れ時。ドアを開けて入ってきた二人に、佐藤は戸惑った。
ただでさえ薄暗い小路がさらに暗くなりかけている様子がうかがえる、そんなガラス張りの入口には、制服を着た少年少女が立っていたからだ。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
そう声をかけて、カウンター右手前のテーブルに案内する。
二人にメニューの説明をして、一旦カウンターの内側に戻り、少し考える。あれって、近くの中学校の制服だよな。うちってCafe Barだけど中学生入れて大丈夫だっけ? まあ、入れちゃったしいいか。
今さらそんなことを考えていると、まだ声変わり前のような声で、「すみません」と呼ぶ声が聞こえてきた。
「はい。ただいま」と返し、テーブルに向かう。
「お決まりですか?」
いつも以上に柔らかい笑顔を作ったつもりだ。
「お、俺はコーヒーで。お前は?」
「わたしはキャメルマキアートをお願いします」
少女より少年の方が緊張しているのかもと思いながら、佐藤は「かしこまりました。少々お待ちください」との言葉を残し、またカウンターの内側へと向かった。
イタリアンローストの豆をマシーンでエスプレッソ用に挽きながら、テーブルにチラリと目をやる。
少女はにこやかに微笑んでいた。
少年は少しうつむきがちに、テーブルに目を落としている。
頑張れ少年!
作る手を止めることなく、心の中で応援した。
佐藤はオーダーを取った時点で決めていた。この店にどちらが誘って入ってきたかは分からないが、かなり背伸びをしたことは確かだろう。ならば最高のおもてなしをしようと。もちろんお金も頂くつもりもない。その意気に打たれたのもあるが、先行投資だ。二人の良い思いでになればそれに越したことはないし、いずれ自然に入れる年齢になれば、うちにとっても良いお客様になるはず。
若干邪な気持ちも入ったことは認識しながらも、佐藤は気持ちを込めて作業していく。若い二人の新鮮で純粋な空気に当てられながら。
やがてその空気に、キャメルの甘い香りとコーヒーの苦味が混じったふくよかな香りが加わっていった。
最初のコメントを投稿しよう!