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ある月曜日の昼下がり。店内は小路に入った場所にあるため、せっかく晴れた陽の光の恩恵に預かることもなく、いまだにLEDではない白熱球の柔らかい黄色の光に包まれている。
ホールリーダーの佐藤は、先程入店した二十代前半の男女のためにオーダーされたドリンクを作っている。
メガネをかけて、良く切り揃えられた髪を自然に流している、一見文学青年っぽい彼はオリジナルブレンドコーヒーを。
少し茶色の髪を緩く巻いた、色白で流行りのアイメイクをするでもなく、自然を意識したような彼女はカフェオレを。
店内は彼らを除けば一組の常連客の老夫婦のみ。
オーナーのお洒落ならボサノヴァだろうとの安易な考えで流されているBGMと共に、ネルでゆっくりと落とすコーヒーの、甘さを纏ったこうばしい香りが店内を満たしている。
カウンター内の佐藤に、目の前のテーブルに座る若い男女の会話が聞こえてきた。
「僕の好きな作家が、本に書いてたんだよね。『世の中に不思議なことはない』。まあ、ようするに必ず理由はあって、ただ、今はわからないだけってことなんだけどさ」
佐藤は直ぐにその作家が頭に浮かんだ。
彼の話の続きが気になり、顔は向けないが耳はそちらに集中する。
「ぼ、僕は君のことを理解できないけど、いつか分かるようになれたらいいな。結局好きだから」
顔は見ずとも、彼の照れたような言い方で、その言葉に勇気と覚悟、それにありったけの想いが込められているのを感じた。
「うん」
少し遅れて彼女の返事が聞こえてきた。
きっとはにかんでいるに違いない。
佐藤はそうは思ったが見て確認することはない。どうせドリンクを持って行けば分かることだ。それに店内が優しく温かい。
そう思いながら、二人のために作る手を止めることはなかった。
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