死者婚礼

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死者婚礼

視界はぼやけ身体は痛む 息も吸えずに涙が零れる 愛した人が心移ろい 棄てられるなら受け入れた 自分に魅力がなかったと 嘆きはしたが受け止めた 悲しい 哀しい 悔しい 苦しい 嗚呼 嗚呼 唯 唯 虚しい 愛しい人が愛した娘 純粋無垢なふりした女 色香に負けて堕ちた彼 二人に呼ばれて迂闊にも 一人で動いた愚かさを嗤う 断末魔のような夕暮れの赤 妙に乾いた風を受け けらけら嗤う女が私を とんと落として全て終わった 憎み嫌いになれたら良かった どうにも昇華が出来ない想い 愛も情けも面倒だ 鼓動に合わせて血が流れ 薄れる意識が見せる夢 愛しい愛しいあの人と 白無垢を着て並んで歩む 叶わぬ未来は吐息と共に ふわりふわりと虚空に溶ける もし 憐れな娘 哀しき娘 お前の望みを叶えてやろうか もし 愚かな娘 死に行く娘 お前の婚礼叶えてやろうか 濁る瞳が捉えた姿 狐の耳をぴくり動かす 人とは異なる男が嗤う 死人は生者を娶れぬが なぁに対価を払えば叶う お前が流す血潮に怨みを お前が溢す涙に呪いを たんと籠めて儂におくれよ 輪廻の渦から外れるが 永劫夫婦(めおと)(えにし)は切れぬよ 死人婚礼その抜け道を 儂がちょいと教えてやろう どうだい娘よ その怨み 己が内に留めるだけで 使い果たしていいのかね? もしもお前が望むなら 儂が仲人やってやろ さぁさ選べよ その命 長く持ちはしなかろう 消え行く前に選ばねば 男を夫に仕立てはできぬ 霞む思考に割り込んだ 粘つく男の嗤い声 離れた心に制裁を 死に行く無念を想い知れ 一も二もなく頷いた ぺたりぺたりと足音鳴らし 黒鳥居目指し乙女は歩く 嫁入り前夜に裏切られ 非業を遂げた恨みに染まり 捩れた身体はそのままに 歩いた先に狐の仲人 渡され抱いた絵馬の中 幸せそうに微笑む二人 絵姿倣った白無垢は 首から腕から胴から脚から 滴る赤が染め上げて 斑な黒無垢虚ろな瞳 かぱりと開く朱の口が ぞろりぞろりと吐き出すは 花婿に対する呪い言 ずるりずるりと草履引き刷り 狐の仲人引き連れて 揃いの白に身を包む 裏切り者が挙げる婚礼 無効であると訴える もし その婚儀は無効となるぞ もし その花婿こちらで貰うぞ あなた あなた 愛しいあなた 腕は捩れて首は折れ 足は曲がって胴はひしゃげた こんな私を愛してくれるの 嬉しい 嬉しい 本当に嬉しい 逃げる花婿 叫ぶ花嫁 白い洋装捕まれて じわりじわりと染みる緋(あか) もし 婚儀は果たされておるぞ もし (えにし)は結ばれておるぞ にたりと嗤う仲人が 突き付け見せる絵馬の中 青い顔した花婿と ぐちゃりと崩れた花嫁が 寄り添い夫婦の誓いを交わす いやだ ちがう 助けてくれと 涙ながらに懇願しても 黒無垢纏う花嫁は 逃しはしないと腕を引く あなた あなた 愛しいあなた 気が迷う事はあるでしょう ですから二度と迷わぬように 私と共に逝きましょう ぱかりと開いた口から溢れた 呪詛にも近い愛の言の葉 さぁさ 婚礼はじめましょ 逃げぬように腕を折り 脚を捩って胴潰し 誓いの盃交わしたら 黄泉への船に乗り込んで 二人地獄へ新婚旅行 泣いて叫んで命を乞うても 遅すぎるのと花嫁嗤う ぐずりぐずりと崩れて叫ぶ 花婿の姿は変わり果て 婚礼の場は呪いに満ちて 怯えた偽の花嫁逃げる もし その娘待ちなさい もし その娘ちょうどいい にたりと嗤う仲人が 懐から出す絵馬を見る 一人寂しく座る花婿 斑の洋装身を包み 涙で濡らした娘を見つけ にぃと口角吊り上げる 鉄の香りが強い墨 赤黒いそれに浸された 筆がさらりさらりと動く 絵馬に書かれる娘の姿 いやだ やめて と甲高く 叫んでみても遅すぎる 花嫁見つけた花婿は 絵馬の中から手を伸ばし 見つけた伴侶を離さぬと 娘の身体を両手で掴み ずるりずるりと牽いていく なぁ これはなんとも運が良い 二組縁を結びつけ 四名地獄へご案内 あの花婿は憐れだな あの娘は怨みが強い 裏切り落とされ殺されて 自死とされた無念が強い 苦労するかの 苦労しかなかろ あの花嫁は憐れだな あの男は業が深い 無垢をいたぶる残虐に 怨みを抱く御魂は多い 苦労するかの 苦労しかなかろ にぃと口角吊り上げて 細めた(まなこ)に浮かぶ嘲り 儂にはなんも関係ないか 後は知らぬと立ち去る仲人 あなた あなた 覚えてる? ここで私は死んだのよ あなたとあのこに騙されて 落とされ死んだこの場所を あなたは覚えているかしら? あなた あなた 覚えてる? ここであなたの裏切り見たの あなたとあのこが口づけ交わし 惨めに泣いた夜の痛みは あなたに理解が出来るのかしら? 血濡れた妻はつらつら語る 地獄を巡り積もった怨みを 怯える夫に見せつける 君 君 そんなに叫ぶなよ 男を寝取ったあばずれが 髪をむしられ焼かれたくらいで 被害者面をするんじゃない 君 君 そんなに叫ぶなよ ここには助けも救いもない 死者に好かれて娶られた 自分の不運を恨めば良い 時折聴こえる女の嘆きに にたりと口角吊り上げて 嗤う斑な黒無垢花嫁 死人婚礼 禁忌に手を染め 生者を娶った罰として 輪廻の流れは絶たれたが 怨みを晴らせて満足と ころころ喉を鳴らして嗤う 使用タグ #冥婚奇譚 #一次創作企画 #ばけもののうた #全読
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