番外編 -檻-

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 キッチンや洗面所、浴室を何度も行き来し、買い揃えるものをメモする。本格的にここで暮らすわけではないので、最低限のものがあればいいだろう。ただ、エアコンが備え付けというのはありがたかった。設置工事の手間を省けるし、この暑さの中、不快さを味わわなくて済む。  さほど広くない室内を歩き回りながら三田村は、やはり心の中で呟くのだ。  らしくないことをしている、と。  大きな窓がはめ込まれ、柔らかなクリーム色の色彩に囲まれた部屋は、三田村のようなセンスの欠片も持ち合わせていない人間には、難敵だ。カーテンを何色にしようかと、この部屋を最初に見せられたときから、ずっと悩んでいた。 「何やってるんだ、俺は……」  ボールペンの尻で頭を掻いた三田村は、苦々しく呟く。それでも、この部屋を借りたときのままの無機質な状態にはできない。  自分にはそれで相応しいだろうが、〈彼〉には相応しくないと、頑なに三田村は思っている。  三田村が知るどの人間よりも、柔らかな空気と、冷ややかで鋭い空気をきれいに併せ持ち、息苦しくなるような艶やかさを放つ彼は、本人は認めたがらないだろうが、豪奢な檻の中に閉じ込められているのがよく似合う。  三田村は、その檻の中から、ほんのわずかな間だけ、彼を連れ出すことを許可された。そして閉じ込めるのが、この部屋――簡素な檻だ。 『惚れるのはいいが、絶対に逃がすなよ。〈あれ〉は、見た目以上にしたたかな生き物だから、お前みたいな朴念仁を、簡単に骨抜きにするぞ』     
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