3464人が本棚に入れています
本棚に追加
/700ページ
『この子』という呼ばれ方は、なんだかくすぐったいし、気恥ずかしい。だが、嫌ではなかった。組に入って一年以上経つのに、ハウスキーパーのような仕事ばかりを任されて嫌気がさすこともあるが、それでも久保は、和彦の世話で手を抜いたことはない。
その理由は、実に単純だ。生意気なようだが、和彦が気に入っているからだ。
それに和彦のおかげで、思いがけない人から、思いがけない仕事を頼まれた。
昨夜の出来事を思い返し、久保はつい口元を緩めていた。
出勤する和彦を見送った久保は、遅めの朝食をとるため一旦本宅へと戻ってくる。
冬を迎えてすっかり彩りが寂しくなった中庭を眺めつつ、詰め所に向かっていると、廊下の向こうからやってくる人影がある。次の瞬間には久保は、廊下の隅に身を寄せ、深々と頭を下げた。
「――おはようございますっ、組長」
久保の挨拶を受け、聞き惚れるようなバリトンの声が返ってきた。
「おう。先生のところに行ってきたか?」
遠慮がちに顔を上げると、組長が軽くあごをしゃくる。久保は素早く姿勢をただし、直立不動となる。若い組員たちは、組長と相対して会話を交わす機会は滅多にない。同じ屋根の下で生活していようが、まるで意識されていないと思っていい。
だが、和彦の世話をしている組員については、少し状況は変わってくる――ということを、最近久保は知った。
緊張のあまり顔が強張る久保に対して、組長はニヤリと笑いかけてくる。
「〈あれ〉は、渡したか?」
最初のコメントを投稿しよう!