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「俺、成人式には出席しなかったんだ。地元じゃ、長嶺組は有名で、その跡目の俺も顔が知られてるからさ。幼馴染とかは、気にせず出ろよって言ってくれたけど、やっぱり、お偉いさんとかはいい顔するはずがないだろ? あと、目立ちたいって考えるチンピラみたいな連中が、俺を襲撃してやるなんて、どこかで吹いてたらしくてさ。俺より、組員のほうがピリピリして――」
「それでお前は、大人の判断をしたというわけか」
和彦が頬を撫でてやると、千尋は子供のような邪気のない笑みをこぼす。話している物騒な内容とのギャップがなんだかおかしくて、和彦もつい笑ってしまう。
「まあ、式には出席しなくても、あとで仲のいい奴らと集まったし。それに成人の日に、うちの家らしい祝い方もしてもらった」
「どんな?」
「紋付袴を着て写真を撮ったあと、オヤジと一緒に、あちこちの組や会に挨拶回り。そのあとはじいちゃんのところに顔出して、総和会の幹部たちに引き合わされた」
「……お前もけっこう、苦労してるんだな」
「窮屈な思いをさせたからって、そのあと、高いクラブで、高い酒をガンガン飲ませてもらったんだ。気に入った女がいたら、あとで連れて帰ってもいいぞとも言われてさ、あのときは、俺を取り囲んだ怖いおっさんたちのおかげなのか、それとも、俺が可愛かったからなのか、やたら女からチヤホヤされたなー」
千尋が若いうちに、さらに次の世代の長嶺の男が誕生してくれたらと、〈誰か〉は企んでいたのではないかと、和彦はちらりと考える。もっともこれは、下衆の勘繰りというものかもしれないと、口に出すのは自重しておいた。
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