番外編 -縁-

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 秋慈が、壁に掛けた時計をちらりと見上げたとき、門扉が開閉される微かな音が聞こえた。少し間を置いて、インターホンが鳴らされる。小さくため息をついた秋慈が立ち上がったとき、再び風が入り込んでくる。思いがけず強い風に、ハッとした秋慈は数瞬動きを止めていた。  静かで緩やかな時間が流れるこの家に、〈何か〉が入り込んできて、掻き乱そうとしているような、そんな不穏なものを感じたからだ。  突然、居留守を使いたい心理に陥ったが、そういうわけにもいかない。秋慈は玄関まで行くと、鍵を解き、ゆっくりとドアを開ける。  玄関先に立っていたのは、スーツ姿の男一人だった。それがずいぶん意外な気がして、秋慈は開口一番に問いかける。 「どうして一人なんだ」  男は面食らったように目を丸くしたあと、すぐに口元に薄い笑みを湛えた。物騒で鮮烈なその表情は、惚れ惚れするような端整な容貌にはよく似合う。 「電話での、あんたの迷惑そうな声を聞いちまうと、とてもじゃねーが、護衛を引き連れてくる度胸はなかったな」  秋慈は思わず苦笑を浮かべ、男を玄関に招き入れる。 「君もやっと、相手を慮るなんて芸当ができるようになったんだな」 「ハッ。俺が組を仕切るようになって、何年経ってると思うんだ。家に引きこもって生活していると、時間の感覚も麻痺してくるか。――秋慈」     
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