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賢吾の父親でもある現総和会会長の長嶺守光は、南郷を重用している。それが過ぎて、南郷は守光の隠し子ではないかと噂されているぐらいだ。秋慈は、そんな噂はまったく信用していない。だが、賢吾は長嶺組を守っている現在、総和会に身を置く守光は、南郷に、総和会での息子としての役目を与えているとは考えている。
表立って賢吾と南郷が衝突することはなく、公の場では、南郷が賢吾を立てることで、さらに下劣な噂が流れる事態にはなっていないが、だからといって秋慈は、楽観視はしていない。
力を持った人間は、いつ強い野心に駆られても不思議ではないのだ。これは、経験則だ。
「……南郷のことは、何かと顔を合わせる機会のある君のほうが、詳しいんじゃないか。だいたい、わたしは病人で、静養中だ。もう何年も、南郷の顔すら見ていない」
「見たくない、じゃなく?」
さらりと投げかけられた賢吾の言葉には、毒が含まれている。秋慈は黙ってお茶を啜り、受け流そうとしたが、賢吾はそれは許さんとばかりにわずかに身を乗り出してきた。
そして、非常に魅力的な、悪辣とした表情でこう言った。
「いいか、秋慈。俺は今日、あんたを唆すために、ここまで来た」
「唆す?」
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