番外編 -邪-

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 昨日までの真也は、庁舎内で年末特有の多忙さに目を回しかけていた。朝早くから出勤し、夜更けまで残業をして、休日すらまともに取れなかった。当然のごとく、クリスマスに浮かれる暇もなかった。毎年のことながら、年末年始の休みに入るまで全力疾走をしているようなものだ。  ただ、今年は少し様子が違った。ひたすら目の前の仕事を処理することに全精力を傾けてはいたのだが、そうするだけの立派な理由があった。 「……妙な気分だ。今頃みんな、まだ働いているのかと思ったら」  ぽつりと真也が洩らすと、ストローに口をつけていた和彦がこちらを見た。おそらく無自覚なのだろうが、十七歳の少年とは思えないような色気のある流し目だ。和彦の家族や、同級生たちすら知らない――、いや、真也しか知らない、和彦のもう一つの顔だ。 「ぼくも、妙な気分。昨日まで必死に受験勉強していたのに、家庭教師に唆されて、家族に内緒で旅行に来ているなんて」 「そう言われると、ものすごく罪悪感が疼くな……」  真也が大げさに胸元に手をやり、顔をしかめて見せると、和彦は軽やかな笑い声を上げる。真也はそっと目を細め、手櫛で和彦の髪を整えてやる。  大変なことをしでかしたなと、心の中で呟く。それでいて、実は危機感を抱いていなかった。そういう気持ちを抱く時期は、とっくに過ぎてしまった。     
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