番外編 -邪-

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 上司の息子である和彦の、家庭教師という名の世話係を任されてから、六年になる。その間に真也は、上司の信頼を勝ち得、三十歳にして省内で申し分のない地位にも就いており、部下もいる。その部下の一人が、和彦の兄だ。  職場でも私生活においても、佐伯家には世話になり、濃密なつき合いをしている。そんな真也が、こうして和彦を旅行に連れ出しているとは、誰も想像すらしないだろう。真也自身、自分の大胆な行動に驚いているぐらいだ。  しかし、後悔はしていなかった。罪悪感が疼くと言いはしたが、実際のところ、高揚感や感慨深さに比べれば、些細な感情だった。 「里見さん、いざとなると大胆だよね。受験生を一泊旅行に連れ出して、自分は、家族が入院したから、ってウソついて、仕事休むなんて。しかも、年末の忙しいときに」 「そこまでしないと、君とここには来られなかった。――おれたちのことを知っている人がいなくて、雪が見られる場所なんて」  うん、と頷いた和彦が、はにかんだような笑みを浮かべる。  医大受験を控えている和彦は、高校が冬休みに入ってから、家と予備校を往復するだけの生活を送っている。世間がクリスマスで浮かれていたときも、追い立てられるようにひたすら勉強をしていた。どの受験生もそんなものだろうが、和彦の場合、少々事情が違う。佐伯家の事情というものだ。     
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