番外編 -邪-

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「明日の夜には、予備校の合宿のあるホテルにチェックインしないといけないけど、それまでは、自由でいられる。友達にはアリバイを頼んでおいたし、今の時期、うちの家族はみんな仕事で忙しいから、ぼくのことなんて気にかけないよ」  そんなことを平然と言う和彦に対して、真也の胸が痛む。表情に出さないよう努めながら、缶コーヒーを飲む。 「……もっと気楽な気分で来たかったな。温泉は気持ちよかったけど、やっぱり、スキーをしたかった」 「君が受験を控えてなければ、思う存分滑らせたけどね。転んで骨折でもされたら大変だし、風邪も怖い」 「じゃあ、無事医大生になれたら、また里見さんに連れてきてもらおうかな」  ここで和彦がまた、流し目を寄越してくる。自分以外の人間にそんな眼差しを向けてはダメだと、一度しっかり注意しておかないと、と考えながら、真也は淡く笑いかける。 「その頃には、同年代の子たちと行くほうが楽しくなってるよ。おれは、君が自由に動けない間の、エスコート役だ。君が大学生になって、あの家を出たら、一人でどこに行くのも自由だし」 「限られた範囲内での自由だけどね」  苦々しげに和彦が呟く。横顔に浮かんだ翳りの表情に、真也は見入ってしまう。危ういバランスで保たれた繊細な存在に、いつの頃からか真也は強く惹かれ、理性では抑制できないまま、触れてしまった。     
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