番外編 拍手お礼17

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番外編 拍手お礼17

 玄関のドアを静かに開けた久保(くぼ)は、三和土に並ぶ靴が一足だけなのを確認して、安堵のため息を洩らす。つまり今、部屋には〈先生〉しかいないということだ。 「――失礼します」  小声で挨拶をしてから、慎重にドアを閉める。久保は靴を脱ぐと、まっすぐダイニングに向かい、テーブルの上にピクニックバスケットを置いた。  長嶺組組員として盃をもらっている男が、いかにも少女趣味なフリルがついた籐のバスケットを持つことに、仕事とはいえ最初は抵抗があったのだ。しかし、雛鳥のもとにせっせと餌を運ぶ親鳥のようだと一度思ってしまうと、あとはもう、恥ずかしいという意識は消えてしまった。  久保は、何より先にエアコンを入れて部屋を暖め始めると、バスケットの中から保温容器を次々に取り出していく。長嶺組本宅の台所を仕切っている笠野が作った朝食が、容器には収まっている。  この部屋の住人である先生――佐伯和彦という人は、美味いものは好きだが、自分から積極的に食べようという気概には著しく欠けている。誰かが店に連れて行くか、目の前に並べてやらないと、毎日ファミレスで食事を済ませても平気な人だ。     
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