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番外編 -雌-
保育所の保母――ではなく、保父になったつもりはないのだが、と玄関に入った圭輔は、そんなことを苦々しく考える。
狭い三和土には靴が散乱しており、足の踏み場もない。靴ぐらい並べろと怒鳴る気力も湧かなくて、仕方なく圭輔が並べ、それでやっと、自分が靴を脱ぐスペースを作ることができる。
マンションの駐車場や駐輪場で騒ぐな。共用通路にゴミを捨てるな。住人と揉めるな。煙草は換気扇の下で吸え――と、これまで自分が繰り返してきた注意を、心の中で指折り数えながら、圭輔はダイニングを覗く。
玄関の惨状を見て覚悟していたのだが、予想に反して、片付いていた。テーブルの上に食い散らかしたものがないというだけで、まともに思える。
「……お疲れ様です」
奥の部屋から、スウェットパンツに上半身裸という格好の加藤が姿を現す。どうやら寝ていたところらしい。不揃いに伸びた髪に、微妙な寝癖がついている。
圭輔は、腕時計にちらりと視線を落とす。今は昼前で、まっとうな勤め人なら、今日の昼飯は何にしようかと考えながら、働いている時間帯だ。まっとうな勤め人ではない圭輔も、同じことを考えているぐらいだ。
「他の連中は?」
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