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桜坂千智はため息をついた。
『鬼ゴロシのチサト』
いつからか物騒なアダ名がついたものだ。実際間違ってない。彼女は昨日も鬼を殺したのだから。
80年くらい前のある時から、この世界には『鬼』という存在が現れるようになった。そのある時はいつからかは分からない。
アメリカの実験施設から逃げ出して来たのだとか、実は彼らは宇宙人で地球を侵略しに来ているのだとか、そんな噂ばかりでどこから、そして何故現れたのか知っている者はいなかった。わかっているのは、彼らが人を食うという事実だけだった。
『鬼』が現れるのは決まって夜だった。
彼らは闇に紛れて人を襲う。光を避け、夜の中で人間を食う。彼らは人類の敵だった。ならば、そんな『鬼』を退治する職業が生まれるのも時間の問題だったのだ。
千智は両親の生業だった鬼の『駆除』を引き継ぎ、昨夜もパトロールしていた。
鬼を殺す技術を持った人間は重宝される。これさえしていれば政府が金を落としてくれるし、食いっぱぐれることもない。
そんな訳で、千智は両親亡き後もこの職業を続けている。
17歳でありながら、鬼を次々と殺す彼女は将来有望な人材としてこれからも大事にされることだろう。『鬼の駆除』という仕事
をすることは彼女にとって将来の安心・安定を約束される代償だった。
「昨日も殺したの?」
席に着き、カバンを下ろすと隣の席の神崎陽介が話しかけて来た。このクラスメイトはモテるらしいが、千智にはどこがいいのか全然わからない。
「まぁね。いつも通り、パパッと殺したよ」
後始末が大変なんだ、と愚痴をこぼした。鬼を殺すことよりも、その死骸を片付けることの方が大嫌いだった。
出来るだけ跡が残らないように殺したいが、そう上手くはいかないもので。お陰で今日も寝不足だ。
「そっか。大変なんだ」
そう言って笑う。どこか空っぽに見えるその笑みは千智にとって不愉快でしかなかった。
思えば、彼女の母親も、こんな笑みを浮かべていることが多かったなと思う。
だから不愉快なのだ。その笑みに懐かしさを覚えてしまう自分自身も。
「大丈夫なの」
彼は彼女の身を案じた。
千智は、陽介の耳元で囁いた。周りのクラスメイトに聞こえないように、だが陽介の心に刻みつけるように。
「アンタが鬼を全部殺してよ。…アンタも鬼なんだから」
陽介は困ったように笑った。
やっぱり、その笑みは気に入らなかった。
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