<第三話~磯部崇・Ⅲ~>

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 小さいけれど水筒は持っているし飴玉くらいならある。まだ切羽詰まるような段階ではない。幸い、ここには女性もいないのだ。少しくらい長く閉じ込められていてもなんとかなるだろう、多分。 「気にしなくていいよ。あ、俺は礒部崇。ここのビルの会社に面接に来てた就活中の大学生ね。君は?」 「水無月翼(みなづきつばさ)……十二歳、です。えっと……ジャネール芸能事務所のタレントです。まだ、子役のちょい役くらいしかやってないけど……」 「あ、やっぱり。そうなんだ」  みなづき、つばさ。芸名かな――と思ったが、そういえばジャネール芸能事務所のタレントはみんな本名で活動していたのを思い出す。まあ、珍しいが全く無い名字ではないだろう。アメ食べる?と言って袋を取り出すとこくりと頷いた。素直に可愛い。  面倒くさがってアメの袋を一袋つっこんであったのが功を為した。こんなものでも食べ物は食べ物だ。無いよりはマシだろう。 「えっと、そちらの方は……?」  この流れで、もう一人を無視するわけにもいかない。中年男はちらりと崇の手元のアメ袋を見て。 「……奥平善次。高田通信で、役員をやっている。おい、俺にもアメひとつよこせ」  相変わらず偉そうだが、少し態度が軟化した――気もする。食べ物に釣られただけかもしれないが。  役員、ということは偉い人なのか。高田通信――確か案内板に名前があったような。まあ、このビルで働いているのならオフィスに会社の名前がないはずはないだろう。通信事業というのがよくわかっていないので、会社の名前自体が“聞いたことあるような無いような”印象しかないのだが。  そしてほんのすこし空気が緩んだ瞬間、奥平は困ったことを言い出した。 「くそ……いつ助けは来るんだ。煙草は吸いたいしトイレも我慢してるんだよこっちは……!」  マジか、と思ったが後者は責められることではない。生理現象はどうにもならないのだから。自分と翼も、今は大丈夫でもいずれ直面する問題である。閉じ込められ続ければ我慢の限界は来る。男三人なので羞恥心は若干薄れるが、それでも人としての尊厳がかかっていることに間違いはない。
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