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――それにしても、なんで外部と通信できないんだろう。こんなときのための非常ボタンじゃないのかよ……。
崇は不審に思いながらもう一度非常ボタンを押す。が、やはりウンともスンとも言わない。停電してしまったのだろうか。なら非常電源とやらはないのか?そもそも、表示版の灯りが消えたのにエレベーター内の電気だけついているのもおかしなことではないだろうか。
「あの……」
不意に、翼が強張った表情で言う。
「僕、事務所のタレントだから……このビルには何回も出入りしてるし、このエレベーターにも何回も乗ってるんですけど」
「ん?」
「……その。こんなに静かだったかな、って……」
その意味が、崇に浸透するまでしばし時間を要した。どういうこと?と恐る恐る尋ねると。
「エレベーターの、構造にもよると思うんですけど。ここのエレベーターって結構外の音が響くというか……よく聞こえて来るんですよ。確か、このエレベーターって九階を過ぎたところで止まってますよね?一個下の八階って、スポーツジムが入ってたと思うんです。エクセサイズしてる人とか、流してる音楽とか、結構いつも聞こえてくるなと思ってたんですけど。今日は妙に……しんとしてるな、って」
「……確かにそうかもしれん」
同意したのはハゲ頭の奥平だ。
「俺もこのエレベーターには毎日乗っている。音が響くし、託児所のガキの泣き声とかが聴こえていつも煩いと思ってたんだ。欠陥構造だろ、とな。でも今日そういう声が全然聴こえてこねえ」
恐る恐る、崇はドアに耳をくっつけてみた。このエレベーターは、閉まると完全に向こうが見えなくなる。ガラス張りになっていてエレベーターが降りていく様子が見えるタイプもあるがこのエレベーターはそうではない。
耳に感じるのはひんやりとしたドアの感触のみ。その向こうはしん、と恐ろしいまでに静まり返っている。
――もしかして、エレベーターが止まったのも……外で何か起きたからなんじゃ……。
崇がそう思った、次の瞬間だった。
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