<第三話~磯部崇・Ⅲ~>

4/6
前へ
/23ページ
次へ
――それにしても、なんで外部と通信できないんだろう。こんなときのための非常ボタンじゃないのかよ……。  崇は不審に思いながらもう一度非常ボタンを押す。が、やはりウンともスンとも言わない。停電してしまったのだろうか。なら非常電源とやらはないのか?そもそも、表示版の灯りが消えたのにエレベーター内の電気だけついているのもおかしなことではないだろうか。 「あの……」  不意に、翼が強張った表情で言う。 「僕、事務所のタレントだから……このビルには何回も出入りしてるし、このエレベーターにも何回も乗ってるんですけど」 「ん?」 「……その。こんなに静かだったかな、って……」  その意味が、崇に浸透するまでしばし時間を要した。どういうこと?と恐る恐る尋ねると。 「エレベーターの、構造にもよると思うんですけど。ここのエレベーターって結構外の音が響くというか……よく聞こえて来るんですよ。確か、このエレベーターって九階を過ぎたところで止まってますよね?一個下の八階って、スポーツジムが入ってたと思うんです。エクセサイズしてる人とか、流してる音楽とか、結構いつも聞こえてくるなと思ってたんですけど。今日は妙に……しんとしてるな、って」 「……確かにそうかもしれん」  同意したのはハゲ頭の奥平だ。 「俺もこのエレベーターには毎日乗っている。音が響くし、託児所のガキの泣き声とかが聴こえていつも煩いと思ってたんだ。欠陥構造だろ、とな。でも今日そういう声が全然聴こえてこねえ」  恐る恐る、崇はドアに耳をくっつけてみた。このエレベーターは、閉まると完全に向こうが見えなくなる。ガラス張りになっていてエレベーターが降りていく様子が見えるタイプもあるがこのエレベーターはそうではない。  耳に感じるのはひんやりとしたドアの感触のみ。その向こうはしん、と恐ろしいまでに静まり返っている。 ――もしかして、エレベーターが止まったのも……外で何か起きたからなんじゃ……。  崇がそう思った、次の瞬間だった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加