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音が鳴る。
音が響く。
時折べちゃりと湿った音色を混ぜて、何かが砕けるような痛々しいソレを含んで。
言うなればまるで――骨が折れて肉を突き破り、血だらけになった腕で狂ったようにトビラを叩いているかのよう。
崇はかつてハマっていたゾンビを倒すゲームと、そのクリーチャーを思い出していた。食べることしか考えられず、ウイルスによりどんどん体が腐っていくゾンビ。ひたすら生きている人間がいる場所に群がり、人間の肉を生きたまま噛み千切り食い殺していくアンデッド達――。もしかしたら、ドアの向こうにいるのはそういう存在なのではないか、と思った。でなければあんな音で、あんな壊れたようにエレベーターのドアを叩き続けるような真似などするものだろうか。
音が響き続けていたのは、恐らく一分にも満たないような短い時間であったのだろう。それでも崇には永遠にも感じられたし、気がつけば情けないことに赤の他人であるはずの翼の身体を抱き締めて震えていた有り様である。
みっともない、なんてことを考える余裕さえなかった。音がようやく収まり、再びエレベーター内を静寂が支配した瞬間――崇は全身をびっしょりと濡らす汗と、自分のしょうもない姿に気がついたのである。
「い、今の、なんですが……」
絞り出すように翼が言うが、そんなこと崇が知るはずもない。抱きつかれて苦しかっただろうに、血の気が失せた少年はそんなことも気にすることができないのだろう。心臓はまだばくばく鳴っている。少しずつ落ち着きを取り戻してきた崇。段々と沸いてきた羞恥心に、慌てて翼から離れた。
「ご、ご、ごめん……くっついちゃって……」
「いい、です。……でも、今の……」
「……わかんない」
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。今のはなんだったのだろう。自分達は、ひとまず助かったのだろうか。いや、エレベーターに閉じ込められている以上、助かったも何もないのはわかっているのだが。
本能が言っている。今のは――普通のニンゲンが、遭遇してはいけない何かだったのだ、と。
――……音、なんもしない。息を吐く音とかもしないし、歩くような足音も、しない。
まだそいつは、ドアの前でスタンバっているのかもしれなかった。だが、少なくとも息づかいなどは聞こえてこないし、もうドアが叩かれる様子もない。さっきの騒音が嘘だったように――しん、と再び静まり返っている。
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