<第一話~磯部崇・Ⅰ~>

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 ああこれは落ちた。絶対に落ちた。  磯部崇は項垂れた。此処はT駅から最寄り五分に建っている、坂ノ上ビルである。二十三階建てという、ノッポなこのビルにはいくつもの企業がオフィスを構えている。崇はそのうちの一つ、“大元販売不動産”の面接に来たのだった。スーツをびっしり着込み、質問されるであろう回答をきっちり用意し、いざ出陣!と言ったはいいが――面接が始まると緊張して頭は完全に真っ白に。完全にしどろもどろになってしまい、まともな受け答えができなくなってしまったのだ。 ――なんで俺はいっつもこうなんだよ……あんだけ練習したし、練習でははきはきと……こう、理想の営業マン!なかんじでしゃべれてたってのにさあ……。  しょんぼりしながら廊下を歩き、エレベーターホールへ向かう。  一昔前に流行った、バリバリノキャリアウーマンが活躍する不動産会社を舞台にしたドラマ。主演の女優の働き振りが本当に格好良くて、自分もあんな風にお客様に家を売ってみたい――と思って志望したのが、不動産業界だった。  正直、家族からはあまり良い顔をされなかったのである。せっかく学校でデザインを勉強してきたのに、それを生かす道に行かなくていいのか、と。それに、アガリ症のお前が営業なんて仕事ができるのかい、と。  両親が心配するのはわかる。草食系男子、を地で行く崇だ。大学でも、プレゼンテーションになるたびにあらぬミスをし、アガっては失神しかけ、言うべき台詞が全部すっとぶという醜態を晒してきたのである。営業なんて、お客さんと直接接する仕事が本当にできるのかどうか。そう思われるのは仕方のないことではあった。 ――わかってるよ。でも、俺だって目標が必要なんだ。やっと、新しい夢を見つけたんだから。  そう。デザインを勉強したのに、デザインで食おうと思わなかったのは。その道を真剣に目指す同胞達を見たから、に他ならないのである。  美術が得意ではない生徒がひとりも来ない学校だった。当然、本気でその道を志し、デザインが好きな生徒ばかり集まってくるのである。崇も、自分には少しくらい才能があるのではないか、と思っていたのだが――その認識は、あまりにも甘いものだった。スタートから違っていた。周囲に集まった“本気”な連中は、揃いも揃って化物ばかりだったのである。それこそ、“少し絵が上手い”程度では全く太刀打ちできないほどに。
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