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想像したくなかったようなこと。あるいは、想像も出来なかったようなことが――このビルで、起きているというのだろうか。
自分達がエレベーターに閉じ込められたのは、事故や人災などではないというのか?外が全く見えないこの状況では、何が起きているのかを知る手段さえない。
ただ、もし。もしも本当に――得体の知れない怪物か犯罪者が外を彷徨いていて、そのせいでエレベーターが止まったのだとしたら。
自分達は外に出ても、助かったことにはならないのではないか。それどころか、外に出た方が危険である可能性さえある。
「……?」
その時だ。ぴちょん、と水音が鳴った。え、と思って辺りを見回し、崇はある事実に気がつくことになる。
奥平の煙草のニオイでわかりづらいが――さっきまではしなかった、トイレでよく嗅ぐあのニオイが充満している。そしてその中心で、今まで一番煩かったはずの男が呆然と立ち尽くしているのだ。
奥平の足下と――股間が、濡れていた。
さっきの狂気的なドアノックで、なんと彼は失禁していたのである。
「あ、あの……」
情けない、とは思わなかった。崇だって正直チビりそうなくらい怖かったのだ。恐怖で失禁するのは人間としては正常である。何よりトイレを我慢していたらしい奥平だ。その我慢が恐怖で決壊しても何もおかしなことではない。
ただ、このままにしておくのはまずいはず。混乱した頭で、どうにかティッシュを探そうとしつつ声をかけると――彼は。
「ち、ち、畜生……っ」
「え」
「畜生、畜生、畜生!畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!」
顔を憤怒と羞恥で真っ赤にして――ドンドン、ドンドン、とその場で足を踏み鳴らし始めた。
「なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよなんなんだよなんなんだよなんなんだよ、畜生!何が起こってやがるってんだ、どうして俺が、俺ばっかりこんな眼に遭わなきゃいけねーってんだよ!俺が何をしたってんだ、今日まで死ぬ気で会社に支えてきて、女房のワガママも聞いて、男として立派にやってきただろうが!それがなんであんなクソ若造が出世するんだ、コキ使われなきゃいけねーんだ、あぁ!?」
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