<第四話~磯部崇・Ⅳ~>

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 ドンドン!ドンドン!  怒りをぶつけるようにひたすら足を踏み鳴らし、壁を叩く。叩きつける。その怒りの行き場を探すような、狂ったような所作に怯えて身をちぢこませる翼。もしかしたら彼は大人に頻繁に怒鳴られているのかもしれない、と思う。確かに大人の怒声は恐ろしいものがあるが、それにしても翼の怯え方は尋常ではない。  一度翼を離したものの、躊躇はしていられなかった。慌てて再び彼を抱き止めてそれとなく奥平から距離を取る。狭いエレベーターの中では、離れるには限度があったけれど。 「俺は煙草を買いにいこうとしてたたけだ……!そもそ喫煙所があんなに遠いなんておかしいんだよ、何が分煙だ禁煙だ!それなのにこんな……こんなことになりやがって!おい、何が起きてるんだよ説明しろよ!何でエレベーターは止まってんだよ。何で非常ボタンは通じねえんだよ二十四時間対応とか嘘っぱちかおい!何でドアの向こうは静かなんだよ、さっきのあれはなんだよ、何で助けは来ないんだよ!!」 「ちょっ……!?」 「答えろよ、俺はいつまでこうしてりゃいいんだ!?いつになったら煙草が吸えるんだよ、おい!何とか言えよ!!」  突然崇は胸ぐらを掴まれて恫喝された。すぐ間近にある奥平の煙草臭い息に気分が悪くなり、唾が飛ぶたび顔を背けた。そしてそれ以上に恐ろしかった。奥平の眼は血走り、明らかに正気を保ってはいない。ひょっとしたら、見た目よりずっと臆病な性格だったのかもしれなかった。だからといって、暴力的な行動を取ったり人を怒鳴っていい理由にはならないが。 「そ、そんなの!俺もわからないし、俺だって知りたいんですよ!こ、怖いのが自分だけだと思わないでください、いい年した大人がそうやって当たり散らして、恥ずかしいと思わないんですかっ!!」  必死でその腕を振りほどこうともがく。が、大柄で太った奥平の丸太のような腕はそう簡単に振りほどけるものではない。むしろ段々と首が絞まってきて息が苦しいほどだ。 「や、やめてく、ださ……」 「やめて!お兄さんが死んじゃう!!」  はっとしたように翼が男の腕にしがみつく。非力な彼の腕で引き剥がせるとは思えなかったが、意外にもその言葉で奥平か腕の力を緩めた。そしてそのまま、がしゃん!とカゴが揺れるほど思いきり壁に叩きつけられる。  頭を打った衝撃で、目の前に火花が散った。そして。
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