<第一話~磯部崇・Ⅰ~>

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 先輩、友人、後輩、ゼミ仲間。その才能に埋もれて、崇は悟るしかなかったのだった。自分には無理だ。彼らのような天才などではない。そして、気持ちだって負けている。自分はただ“好きだからその道で食べられたらいいな”くらいの心だった。周りは違う。本気で“この道で、苦しくたって食っていくんだ”という怪物の集まりだった。デザインを勉強したのに、ではない。デザインを勉強したから、諦めて別の道を探すべきと判断したのである。  せっかくお金を出してくれた両親に申し訳ないという気持ちはある。でも、大学で得たものは単純な絵の技術だけではない。得難い友人も得たし、学んだいくつもの知識も経験もきっと無駄にはならないだろう。  自分は不動産屋になり、いろんな人に家を提供する。そしてお金を貯めて、今まで世話になった両親に海外旅行をプレゼントするのだ。そう息巻いて――今日、念願の不動産会社に面接に行ったのだが。 ――どうして俺はいっつもこうかなあ。……淳也がいる会社で、一緒に働きたかったんだけどなあ。  エレベーターが近づいて来る。直前、ポッケの中でバイブが震えた。見れば、親友の織幡淳也からのLINEだ。幼い頃からの幼馴染であり、彼の方が二つ年上である。年上だというのに偉ぶらない、気さくな彼は男子にも女子にも人気が高かった。今回のこの会社を志望したのだって、淳也がいるからという理由もあったのである。 『よー崇!今日面接だったんだって?どうだった?うまくいったー??』  メッセージと一緒に送られてくるのは、ひょうきんな顔をしたパンダのスタンプである。空気を読まずにズケズケ言ってくるのは、彼の長所であり短所でもあった。お前、俺が失敗した可能性考えてないのかよ、とついつい苦笑してしまう。くねくね、お尻をふりふりしているパンダのスタンプは崇もよく使うお気に入りのシリーズだ。てっとり早く、同じシリーズのうち、しょんぼりした時に使うタイプのスタンプを選んで送信する。  膝をつき、orzポーズを取っているパンダ。LINEが来るということは、今丁度昼飯の時間だったのだろう。社員食堂で食べているのか、それとも近くのレストランにでも行ったのか。
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