<第一話~磯部崇・Ⅰ~>

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「お、おいおい。エレベーター、止まったのか?え、止まっちまったのか!?」  中年男が酒焼けした喉で大声を張り上げた。ひっ、と少年が怯えたように蹲る。中年男は横もあるが縦もそれなりにあった。少年とは、どう見積もっても三十センチは身長差があるだろう。圧迫感も凄まじい。そんな大男に間近で大声を上げられて、怖くないはずがない。 「わ、わかりません。とりあえず、外部に連絡取ってみますんで……!」  エレベーターガールならぬ、エレベーターボーイになった気分である。崇は慌てて、操作盤についてあるデンワのマークのボタンを押した。しかし。 ――ど、どうしよう!うんともすんとも言わない!!  何度押しても、どこかに繋がる気配がない。かちかち、かちかち、という虚しいボタンの音が響くのみである。  次に自分の携帯電話を確認してみたが――相変わらず圏外のままだ。最後に淳也に送ったメッセージは届いているようだが、その後の返信が来る気配はなかった。圏外でも、微弱に電波が通っていれば送受信できる可能性があるのだが――ここではそれも望みが薄いらしい。 「おいどうするんだよ!どうすんだよ!俺は急いでるんだ、どうしてくれるんだ!!」 「俺に怒鳴られたって困りますよ。俺、ここのビルの人間じゃないし、ましてや管理会社の人間でもなんてもないんですから!それに、小さな子供がいるんですよ、お願いですから落ち着いてください、俺達大人が慌ててどうするんですか!!」  大男はイライラと声を荒げて怒鳴る。男は俺の言葉に ”くそっ!”と一度大きく足を踏み鳴らすと、そのまま壁にもたれかかった。  冗談じゃない、急いでるのはこっちも一緒だと言いたかった。何が悲しくて、あんたみたいなタバコ臭い人間と狭い箱の中に閉じ込められなきゃならないんだ、と。 ――くそっ……このまま助けを待つしかないのか……!?  崇はまだ知らなかった。  エレベーターの停止事故。これが、身の毛もよだつ恐ろしい事件の、ほんの始まりに過ぎなかったということを。
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