<第二話~磯部崇・Ⅱ~>

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 困ったことになった。崇はそう思った。本当は困ったどころではなく、今にも恐怖で押し潰されそうではあったのだが――他人が目の前にいて自分を見ている手前、そして自分自身の心を守るためにそう考えることにしたのである。  つまり、エレベーターに閉じ込められている、なんてこの状況は長くは続かないに違いない、と。いずれ解決するに決まっているのだから、そう焦る必要はない、と。  エレベーターが階の目の前で止まっているならともかく、記憶が確かなら明らかに九階と八階の境目で停止してしまっているのである。そんな場所で強引に扉を開けようとしたところで、脱出できる見込みはない。ひとまずは落ち着いて、救助が来るのを待つべきだろう。エレベーターの状況は、すぐに外部の者達に知れ渡るはず。そうすれば、必ず救助を寄越してくれるはずだ。 ――こういうエレベーターって、天井の板は外れるようになってるのかなあ。  そろり、と照明が灯っている天井を見上げる崇。自分一人では、どうあっても手が届かない。そもそも、どこをどう動かせば開くのかもわからない。側でじっくり見て調べてみれば何かわかるのかもしれないが、やはり高さという問題はある。 ――あのオジサンには、協力を要請したくないなあ。  太った中年男は、何か緊急の用事があるらしくずっもイライラと足を踏み鳴らしている。時折携帯を見、腕時計を見ては、親の仇でも見るように自分達を睨み付けてくる始末だ。お前らなんぞとまともな会話をする気もない、というのは明白である。同じく巻き込まれた被害者だというのに、崇に当たり散らしてきたのがいい例だ。  自分だって何が起きてるかわからなくて不安なのに。小さな子供の目の前で恥ずかしくないのだろうか。相変わらずの凄まじい煙草の臭いもあって、さらに近づきたくない存在と化してしまっている。 「おい」  そんな彼は。視線に気づいたのか、突然声をかけてきた。 「おいそこの、スーツの若僧」 「え……え?俺、ですか?」 「他に何があるってんだ。煙草持ってたら箱ごと寄越せ。銘柄はこの際なんでもいい」  おいちょっと待て。崇は唖然とする。寄越せってなんだ、寄越せって。今のご時世、煙草一箱どれだけ値上がりしていると思っているのだ。それを、一本くれ、ならともかく一箱寄越せって。完全に上から目線だ。崇より年を食っているのがそんなに偉いのだろうか。
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