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「持ってませんよ、そんなの」
そして、そんな横柄な態度を取られたところで持ってないものはどうにもならない。
「そもそも、こんな狭い空間の中で吸う気ですか。有り得ないです、マナー守ってください」
「んだとこのガキ!俺に、救助が来るまでずーっと煙草を我慢してろってのか!?」
「当たり前でしょ、死ぬか生きるかって時なんですよ!?こんなに狭い空間の中で煙草なんか吸ったらどうなりますか!ケムいどころじゃすみませんよ、子供だっているんですから勘弁してください!!」
怖かったが、僅差で怒りが勝っていた。非喫煙者であるからといって、嫌煙家であるとは限らない。崇だって煙草のケムリも臭いも苦手ではあるが、多少臭うだけなら基本的には我慢できる人間だ。マナーを守って喫煙所で吸っているなら文句は言えない。それで臭いが気になっても、さすがにそれを制限できる法律や条例はないのだからそこは諦めるしかあるまい。
ただ、目の前の男の煙草臭さは、今まで生きてきた中でも最悪レベルなのだ。エレベーターに乗る前に確実にフカしてきたのだろうに――一時間も経たずにそれが切れてしまうとか、依存しすぎではないか。
煙草が身体に悪い、なんて常識は今時の若者ならみんな知っている。それでも限度を守って吸えば、深刻な身体への悪影響もないのかもしれない。でも。
彼は明らかにアウトだ。紫色になった唇。黄ばんだ歯。血色の悪い頬。この短時間での禁断症状。スーツを着ているからどこかの会社の社員だとばかり思っていたが、果たしてこの状態でまともに仕事ができるのだろうか。ひょっとしたら苛立っているのも煙草が切れてきたせいでは――いや、それは違うか。なんせ、乗ってきた時から彼はこうだったのだから。
「ちっ……偉そうに説教しやがって」
中年男はイライラしながら何度もポケットを探り直す。もしかして一本くらい、落ちたのが見つからないか――と探しているかのように。
「最近の奴等はなんなんだ。禁煙禁煙禁煙、また禁煙!なんで煙草を吸うのがそんなにいけねぇんだ?昔はみんなオフィスでも自由に吸ってたし、むしろ煙草吸っている男はハードボイルドでカッコイイって言われたくらいだったのによ!!」
はん!と男は鼻を鳴らす。
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