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私は動けなかった。地面に落ちた視線をどうすることもできず、妙に下がった気温に震えた。
雨が、長い間続いている。
それは顔を近づけてくる。
真っ白な顔色しか認識できなったそれの、ぽっかり空いた二つの穴と、軽く開いた口が認識できてしまって、それは私の方に――、
「このお馬鹿」
誰かが私を詰った。
数時間前にも聞いた声だった。
おそるおそるそちらを見ると、私がよく知っている彼が傘を差して立っている。
彼のチャームポイントは、日本人っぽくない茶髪だ。なんて本人は言うけれど、私は彼の紺碧の瞳が一番印象的と思う。
学生服から和服に着替えてた彼は、ショッピングセンターで「行っちゃダメ」って言った時と同じく穏やかな声で、
「帰るよ、みや」
私の許嫁様は、今日も今日とて麗しい。
薄い。
彼を表す言葉としては、それが適当だろうか。儚いとか、薄幸の美人とか、言い方はいろいろあるけれど。
湿った風に揺れる髪は、陽の下にあれば透けるように明るいのに、雨雲の薄暗さと傘の影のせいで普段よりも濃く見える。紺碧の瞳は、穏やかな気性を表すように凪いでいた。私を見下ろすその視線に怒りは見えず、いつものように優しいだけだった。
彼が口を開くのを見て、私は何を言うより先に頭を下げた。
「申し訳ございません! 蓮見さまの言い付けも守れず、お迎えまで……っ」
とんでもないことをした。
許嫁、如月蓮見の言うことは、私にとっての絶対だ。それなのに彼の判断に背いた。友人に絆された私の、明確な失態だ。
雨で濡れた砂に膝を着いて、私は俯いた。このまま土下座でもしてしまえば許してくれるだろうか。私が彼に従順でないと認識されてしまったら――。
嫌な未来が容易に想像できる。
制服の白いスカートを握り締めて、私は彼からの言葉をただ待った。
ふ、と溜息を吐いたのが聞こえる。それは呆れだろうか。
「立って」
「え」
目の前に差し出された手は、取らなくてはいけない。
男性らしく節くれだった手に自分の手を重ねた。
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