78人が本棚に入れています
本棚に追加
自分の髪よりずっと丁寧に扱ってくるから、困ってしまう。
その優しさを他にも向けてあげればいいのに。
私のお世話を焼きたがるのは習性だと、以前に本人が言っていた。
「さて、みや」
彼の声に、私は「はい」と答えて、
「っ……!?」
タオルごと頭を押さえられて、息を詰まらせた。彼の大きな両手が、私を強く固定する。
目を逸らすな。彼の瞳にそう命じられて、視線の一つも動かせない。
「は、すみ、さま」
彼の紺碧の瞳孔に捕らわれて、私の奥の奥、速くなった脈拍、お腹の底すら見透かされているような心地になる。
彼の言い付けを破ってしまったから、これは罰なのかな。
何がしたいんだろう。私の何を見ているのだろう。
硬直して動けない私は、呼吸をしているのかもわからない。
「――ふうん」
彼は得心したとばかりに微笑み、数秒の拘束を解く。
「前の件のこともそうだけど、みやは変なのに好かれやすいんだから気をつけなよ」
「変なの、って」
「言いたくなったら言えばいいから。……でも、できれば手遅れになる前に教えてね」
肩がびくついたのを、彼は見なかったことにしてくれた。
長い縁側が主要通路で、家の端から端に向かうには想像以上の道のりがある。平屋の古式ゆかしい家屋である。
縁側と一言にしても、内縁だとか廻縁だとか、名称は色々とあるらしい。
私は建築の用語には興味がない。自室の障子を開けて、二歩ほど歩いて真正面の硝子戸を開けて、腰掛けてひなたぼっこができる空間とだけ認識している。
二人で住むには大きな家だ。
広さだけで言えば民宿を経営できる規模だけれど、ここに他人が入り込むことを考えるだけでもぞっとする。私は彼に気を配るので精一杯なのだ。
晴れたけれど、昨日の雨のせいで湿気がすごいことになっている。私の癖毛にこの気候はとことん合わないから、いっそばっさり切ってしまいたい。だけど断髪の許可が下りない。それだけは断固として許してくれない。だからたぶん、今年もこのままなのだろう。
エプロンを脱ぎ、結っていた髪を下ろして、蓮見さまの部屋に向かった。
障子の前に立つ。
「蓮見さま、おはようございます」
中から「おはよう。入っていいよ」と声が返ってくる。
障子を開けると、中から微かに白檀の香りが漏れ出してくる。
最初のコメントを投稿しよう!