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白檀。蓮見さまが好んでいるのか知らないけれど、彼といえばこの匂いだ。
彼はすでに布団を出て、白いスクールシャツのボタンを閉めていた。白女と隣接する共学校の制服だ。
白女は国内有数のお嬢様学校で、彼の高校は同じくらい有名な進学校である。両者は校舎の造りや趣、カリキュラムすら違う。
彼のシャツ左胸にある学校エンブレムは、いつ見てもシンプルで洗練されている。
「今朝の体温は……」
「三十六度五分」
彼は簡単に答えながら、締めたばかりのネクタイを緩くした。
「三十六度五分、ですね。わかりました。朝食はできていますので、支度が済みましたらお先にどうぞ」
「ありがとう」
私は彼の部屋を辞して私室に向かう。
この屋敷は基本的にどこも畳が敷いてあって、私の部屋も例に漏れない。
落ち着いた色合いの木製机には、デスクトップパソコンと一冊のノートが置いてある。
『検温』とだけ書かれたノートに、黒ボールペンで今日の日付と彼の体温を記す。上の欄には『三十五度四分』とあった。前日と比べて一度以上高いけれど、この程度なら誤差だ。休みを促すほどではない。
私はノートを閉じると、机の端に置いて立ち上がる。
壁の時計を見た。七時六分だった。
居間に行くと、蓮見さまが食後のお茶を啜っていた。
テーブルには二人分の食事があって、彼の皿はすべて空になっていた。
「失礼します」
「うん」
座布団に座った。彼と私の食卓に会話はない。
いつものように手を合わせていただきますと言って、それきりだ。
冷めつつあるお味噌汁に口を付けて、ご飯に海苔を乗せて、
「…………。」
海苔でご飯を包むように箸で挟み、口へ運ぶ。ぱりぱりの海苔がしんなりとして、ご飯と相性抜群だ。
続いてだし巻き卵を一切れ、――の前に。
ちら、と前を見る。向かい側に座る蓮見さまが、じいっと見てくるのだ。
私が食事をしていると、時々こうなる。彼の視線が痛いくらいに突き刺さってくる。もう食べ終えていても、私が食事を終えるまでそこにいる。沈黙しているのにうるさいとはどういうことだ。
やけに優しい瞳をしているから、なおさら居心地が悪くてしょうがない。正座を崩したくなってもぞりと動くけれど、食事中だと思い直した。
勇気を振り絞る。
「私を見ていて楽しいですか?」
いい加減にしてくれをオブラートに包んで言ってみた。
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