死ねばいいのに

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 この男を殺さなければならない。  私はその一心で、彼の首を絞めた。両手で彼の頸部をぐるりと囲い、細い気管を押し潰す。  私の肩から滑って柔らかく垂れた黒髪が、彼の頬にかかる。 「わたしを、返して……っ」  絞り出した声は震えていた。  彼は酸素の不足に眉を顰めながら、それでも愛おしそうに笑った。  恐ろしかった。  なんておぞましいんだろう。  美しい彼は、こんな時にまで美しいままなの。  恐れと苛立ちのままに手の力を強めると、彼は「かっ」と微かな声を漏らした。  殺さなければいけない。  そうしなければ私は自由になれない。  けれど、この衝動のまま彼を殺害してしまえば、この生活が続けていられなくなることも知っている。  私は自分の人生を諦めていたつもりだったけれど、諦めきれていなかった。  鬱屈していた自我が弾けて出来上がったこの状況は、けれどやはり、私にばかり分が悪い。こうして勇気らしきものを振り絞ってみても、どうせ何も変わらない――それどころか自分の立場が悪くなるばっかりなのに。  わかっている。  窮鼠が噛んだって、小さな八重歯が相手の肌に小さな穴を作って終わり。結局のところ、本物の肉食獣には勝てないのだ。  現に彼は、今もわらっている。  ひぐらしの声がした。  住み慣れた家屋の縁側だった。  グラスの麦茶は半分に減っている。結露した水滴が滑って、床に落ちた。
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