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奏多さんはそれを知っていたみたいに勢いよくドアを開けて、ずかずかと歩いていく。私は追うのに精一杯で、周りに気を配っている余裕はなかった。
ろくに掃除もされず曇りっきりのガラス窓からは、今にも死にそうな陽光が細く差し込む。その中に埃がちらちら輝いていた。
廊下は一本道で、左右に等間隔でドアがある。その個々の部屋には見向きもせず、奏多さんは突き当りの電話に向かう。
「じゃあ、みやちゃんはこの電話を使ってね」
「奏多さんは、上のを?」
「うん。ちょっと行ってくるね」
奏多さんは、この突き当りから右への廊下を行く。この館はL字型の構造をしているらしい。
噂によれば、電話は一階と二階にある。
階段を見つけたのか、きしきしと上がっていく足音がした。
暇な私は周囲を見てみる。電話台の横の壁に小さなホワイトボードがかかっていて、そこには
九月一日
と書かれていた。赤いペンで書かれた文字はやけに目につく。
九月一日。――今日の日付だ。
そのボードにはもっと文字が書かれているようだけれど、掠れていて読めなくなっている。電話番号みたいだけど……。これは嫌なものだと確信する。
電子音が鳴った。
胃袋が裏返った気がした。肺から「ひぃ」だか「ひょう」だかわからない声を発して、ホワイトボードに向けていた意識を電話機に戻す。そうだ、私はこれを取らなければいけないのだ。どこどこと収まらない心臓の音のことはこの際開き直ることにして、この怪しげな活動を終わらせてしまいたい。
受話器を取った。
「もしもし?」
『わたしだよー! どうどう? 何か変化ない?』
特にありません。
しいて言えば、私の内臓系統が現在進行形で慄いているくらいです。
「ううん……特にありませんけど……」
『そっかそっか。うーん、じゃあ失敗かなあ』
「そうかもしれませんね。気は済みましたか?」
『済んでないけど、まあ、試してみたかっただけだし。そっち戻るね』
「はい、お待ちしてます」
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